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風もいまは凪ぎ、日が暮れかけていた。この植物園も人工の環境を模しているのだ。

ジャンがふと目をやると、ヨグはうつぶせになって顔をむこうがわに向けていた。まるで行き倒れのようだ。
ながいためいきの後、ジャンは少し微笑んで話を続けた。

「ねぇえ、ヨグ。ひとつ聞いてもいいかい？」

ヨグはそちらを向かず、長い耳をひとふりした。

「うん、そうか、では。
君はほんとうにエクレアが好きなのかい？」

意外な質問にヨグは体をおこしてジャンのほうに向き直った。

「え？どして。 すき…だよ。」

「ふうん、知ってた？「エクレア」って雷って意味なんだ。
きみはゾンデが苦手だっていってたからね、てっきりおまじないがわりなのかと思ってたよ。」

「知らなかった、ホントに。
好きだから好きなんだよ、エクレアはね。
それだけ、それだけなんだ。」

それを聞いてふわっと笑ったジャンの目がやさしげにまばたいた。

「すきだから、すき…か。
いいね。ぼくもそういうのが好きなのさ。」

人差し指で鼻の頭を２、３回たたくとジャンは体を起こしてすずかけの木によっかかった。

「ハンターズなら、ね。いいかい？
すべてを鵜呑みにしちゃーだめさ。自分でひとつひとつ検証しなきゃ。わかるかい？
ぼくは今、ホントのこともウソのこともいった。真実はヨグ、きみが見極めるんだよ。」

あんぐり。開いた口がふさがらない。 ヨグは草をむしってジャンにあびせた。

「ふふふ、信じたんだね。 あやまんないよ、ぼくは。理由はさっき云った。いつだって判断するのは自分自身なのさ。」

ヨグも本気で怒ったわけじゃない。だまされた自分にあきれたのだ。へらへら笑ってるジャンの顔が少し赤いのは人工の夕日のせいか？

一瞬何かに困惑したように人差し指で鼻の頭をとんとんと叩くとジャンはきりだした。

「そうだ、あのね…いいかな？

…してくれないか？」

「ん？なぁに、聞こえない。」

「ぼくの…その、耳をね。」

「ああ、うん、いいよ。なあんだ。」

そっか、いつも自分でしてるのがどんな感じか知りたくなったんだな、天才さんは。
ヨグはひょっと立ち上がると木によっかかったままのジャンにかがみこんでお望みどうり耳をくわえてあげた。

薄くて冷たい耳、ジャンのくちびるとおんなじだ。

「いや、あの。もっと、さ。」

「？」

真意をはかりかねてヨグはジャンの目をのぞきこんだ。 ふと、焦げ臭いにおいが記憶をよぎる。キリークの時と同じ？
…同じ、わたしと？ジャンが。楽しみと明日を天秤にかけない？

「う…うん、そっか。」

覚悟したようにうなづくとヨグは、狙いを定めるようにジャンの耳をぺろりと舐めると。

がちっ！ 　おもいきり耳を噛んだ。
・・・・・・・・・。
鼻の奥が生臭い。
ショックで口を離せないでいると、じわじわとながれこんできた血のにおいににいっきに力が抜けたヨグはそのままジャンの膝の上ににくずれてしまった。

そのとき頬にあたった感触に、力がぬけながらもヨグはあらら…と思った。ジャンも同じく…。　

「「それ」はね、ほおっておいてくれてかまわないよ、ヨグ。

ふふ、なんたってそこらのキスよりだんぜん刺激的だったんだもの。
それより、「こうなったから、そうする」なんてくだらない凡人じゃないよね？きみは。」

「〜ん、うう。力がはいんない…。ひんけつ？
どうでも・・いいから・・このまま・・いさせて。
うう、あとで・・れすた・・したげる・・か、ら。」

「レスタだって？もったいない、いいんだよこのままで。
ああ、ちょっと足をのばさせてくれないか。うん、よし。いいよ、そこにいても。
願わくば、しばらくはあんまり頭を動かさないでおくれ。」

今日の月は三日月だった。
ヨグの顔でずっこけたままのメガネを取り上げてかたわらにほうるとジャンはひとりごとのようにつぶやいた。

「ニューマン、か。
少なからずそんなとこがあるのさ、きっと。
刹那的なんだよ。ヒューマンにおとる体力、一定しない寿命。時に強烈な無力感におそわれるね。
明日にも自分の寿命がつきるんじゃないかと思うと、さ。ねぇ。 　　だからよけい、実感が欲しいのかもね。明日を天秤にかけても肉体の、さ。その意味で痛みはてっとりばやい・・かも・・ね…。
せつない、なぁ。精一杯ハデなナリをし・・て、人生・・を、祭りに・・する・・しか．・・・
ねぇ．・・・よ・・ぐ．・・・」

寝息がふたつになった。

ヨグがどこまで話を聞いていたか、ジャンは知らない。

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