トップ　おはなし　ブログ

「ごめんなさい、つきあわせてしまって。」

「いや、なぜ？いいんだ、モズ。私もヨグの事は気になっていた。君はやさしいね。
さぁ、急ごう。これは冷たいのがいっとうおいしいから。」

遊びに来たはものの、気もそぞろなモズを不思議に思ったハルは、事の次第を聞くとお手製のおやつの差し入れを提案したのだ。
ハルの長い髪が誘うように夜風にゆれて、ココナツミルクの香りが鼻をくすぐる。モズの体温がちょっぴりあがった。

が、それもつかのま、モズたちの家の方から聞こえてきた野太い、色気のカケラもない叫び声に今度は体温がどっと下がった。

「モズ。ジルの声じゃないか？」

「うわわ、そうみたい。なんだろう、どうしよう。」

二人は駆け出した。
軽い躊躇の後、モズが部屋に踏み込もうとした時。

「待ちなさい。」

ハルが気配もなく前に出てモズを抱きとめた。フォースならではの身のこなしに不意をつかれたモズが照れるよりもまず「なぜ？」と言うようにハルの目をみつめた。
ハルは無言でモズの唇にに人差し指を押しつけ中の様子をうかがうように視線を移してうながした。

どたどた歩き回る音。まじってかすかにヨグ姉の声。

「おちつきな、ねぇ。どうどう、ジル。」

「ごほっ、ぶっとびたくなるっちゅーかーぁぁ」

興奮しているのはヨグ姉じゃないんだ。うわ、またなんかひっくり返した。
え、なになに。

「う、生んじゃったんだー、赤ちゃん。
ヨグ姉のぉ。どーしてー？ヘン、あたしヘンだよぉ。
夢だけどー。もー、超パニクるー。」

沈黙、通りのむこうの短気なクラクション、また沈黙。そして。
 

はっはっは！

それは豪放な笑い声だった。普段でもめったに声をあげて笑わないヨグ姉が笑ったのだ。

「ヤなの？ジルはー。いいじゃーない、それ。おもろいよ。
や、なんかくやしいな。」

どたーん、なんか倒れるような音。

「よっし、あたしも見る。その夢。おやすみっ、ジル。」

「ん、あ、ああ。おやすみ、ヨグ姉。」

どうやらヨグ姉はその場で眠ってしまったようだ。すぐに、カチッと照明を落とす音が聞こえた。ジル姉も安心して部屋にさがったのだろう、ふう。

「おさまったようだ。」

「は、はい。あっ。」

ぼくはずっとハルの腕のなかにいたんだ。あわてて彼の腕をふりほどくと翡翠色のブレスレットがからかうように音をたてた。

「中の様子をうかがっているとき、きみの体は氷みたくカチカチだった。でも騒動がおさまるとまるで氷がとけるように変化した。
少し驚いた、はじめてだったから。腕がまだ覚えている。」

「もう、あんまり面白がらないでください。
しかし、うーん。元に戻ったのはいいけどなんか入りづらいや。ヨグ姉は寝かせといてあげたいし。」

「私の所に泊まっていけばいい。
帰ったらすぐにこのココナツ汁粉を冷蔵庫に入れよう。その間に風呂に入ってあがったらおやつにしよう。

さあ、帰ろうモズ。
今日は眠りに落ちるまで君とおしゃべりができる。」

強引なハルに、モズは笑顔でひとつうなづいた。

きらきら、だ。

実は、まだ真っ暗な居間にジルは立っていた。突拍子もない夢に驚いて見境無く暴れたので部屋は荒れまくりだ。じゅうたんにビーズがぶちまかれている。

けつまずいたんよねー。

それが薄いカーテンを通して入ってくるシティの光をうっすらと浴びて、きらきらと光るんだ。青いビーズが多いからまるで海みたいじゃん。
そんで海の中にはヨグ姉がこんこんと眠っている。

悪いけど、いわゆる美人じゃーない。髪は短くてばっさばさ、目がほそくって基本的に無表情。でもさ、不思議だけどときたまべっくらするほどキレーに見えるときがある。今もちょうどソレだな。たんなる床寝りなんだけど。
これがさっきまで婆さまのようだったなんて、ね、信じらんないっしょ。

高い角度で入ってきたどこぞの車のヘッドライトの光が床のビーズに反射してしぶきをあげた。

おやすみ、よい夢を。

ヨグ。

▶次へ

　トップ　おはなし　ブログ